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何となく、疑似科学と南京否定論について


久々の更新です。
最近は詳細にニュース等を吟味しておりませんので、どうしても身近な感想文的、観念論的エントリーになってしまうことをお許し願いたいと思います。

さて、全く別の事柄でググってたときのこと、”リビングサイエンスアーカイブス”と云うサイトの「生活で使う水の本当の話“ 健康に良い水の虚実”」なんてエントリーを見つけました。
まぁいわゆる水に纏わる疑似科学の類を丁寧にぶった切っているエントリーなのですけど、その中で筆者にとって少々、苦い項目があったりしまして、ちょいと読み耽ってみたわけであります。

かれこれ10年以上も前の話しですけど、とある女子大の学生の卒論指導をちょいと頼まれまして、上のエントリーにあるような”ある特殊な処理をした水のクラスターサイズは本当に小さくなるのか?”なんてことをNMR(核磁気共鳴)と云う分析機器を使って測定したことがあるんですね。

ご存じのように水の分子式はH2Oですけど、実際には酸素(O)原子がお隣の水分子の水素原子と水素結合という特殊な化学結合で連なった集団を形成しているわけです。その集団をクラスターと云います。水の分子量はたったの18しかないのに、沸点は100℃もあり、表面張力も異常に大きいのはこのせいなんですね。
水がもし単分子ならば、沸点はおそらく室温以下で、全ての生態系は維持されない・・・と云うより、そもそも地球は成り立ってないでしょうから、そういう意味で水は非常に不思議な存在ではあります。

ある処理というのは、水に備長炭を入れて微弱な電流を流す処理のことで、これにより水のクラスターサイズを小さくして農作物等への保水力を高める研究をやろうとしていた教授に、ひょんな切っ掛けからその測定を依頼されたことが始まりでした。
筆者も当時、上のエントリーにもあるように現代化学という雑誌の”お酒の円やかさは水のクラスターサイズが小さくなったからかも?”と云う当該記事を読んでいたものですから、こりゃ面白いと思って早速測定してみました。

で、実際、測定したNMRスペクトルのシグナル半値幅は何も処理していない水道水のそれに比べて小さくなったんですよ(偶々だったのでしょう)。半値幅とは、そのピーク(山みたいな形)の1/2高さのピーク幅のことなんですが、これが狭く(小さく)なると、水のクラスターサイズも小さくなると云われていました。
余り専門的なことを書いてもアレなもんですから止めますが、この種のNMRスペクトルのピーク幅を決める要素は大きく分けて、「分子の拘束力」、「溶存金属イオンの有無」そして「pH(水素イオン濃度、ピーエイチ)」。当時の筆者は三番目のpHファクターを恥ずかしながら知らなかったものですから、前者二つのみで議論して、考察結果として「水のクラスターは小さくなったのかも?」のいわゆる”may be(確率50%程度)”的推論を下してしまったのです(本当の要因は上記紹介エントリーを参照して下さいね)。
こんなのを論文として専門雑誌なんかにもし投稿してたら、即刻リジェクトされてたと思います、ハイ。

勿論、筆者の専門はNMR等の分析化学ではありませんので、言い訳を図ることは可能ですけど、なまじ中途半端な知識があるだけに余計にこうした疑似科学に少々なりとも騙されてしまうという見本でもあるわけです。


翻って、筆者はよく左派系のブログなども読むのですが、こうした疑似科学と何故か?南京事件否定論(いわゆる歴史修正主義と云う奴ですか)を結び付けて共通点を見出す考察を目にすることがあります。
おそらく突き詰めて言いたいことは、ある事象を自分に都合の良いファクターのみで判断するな!と仰りたいのだと思います。また、アカデミックな結論が出ているものに異論を唱えるのならば、それ相当の検証が必要であるとも言いたいのでしょう。
まぁ確かにこれは同意できる観点ではあります。
しかしながら、科学原理のみを駆動力とした現象と史実のような多分に人間の意志が介在する事象を同じ土俵で議論するのはどうでしょう?と思うわけです。加えて、それを言う人間にも少なからずのイデオロギー的偏りがある問題も無視できませんし、さらに本質的に社会科学系のアカデミズムとはなんぞや?と云う疑問もあります(理系科学のそれとは違うでしょう?)。

いきなり疑似科学から南京事件に突入してしまいましたから述べておきますけど、筆者は今、映画「南京の真実」を応援しております。この映画のプロットは未だ公開されてはいませんので如何ともし難いのですが、筆者の望みは行き過ぎた中共のブラックプロパガンダを否定さえしてくれればそれでよいと思ってます。
何も無理のある皇軍マンセー論など述べて欲しくはありません。

今、当該サイトのBBSで誰かさんが仰るように”南京事件があったことは事実”です。ただし、それは虐殺の定義と敗残兵(便衣兵含む)、国際法で定義されるところの捕虜及び見なし捕虜に対する処刑の違法性・適法性解釈の二つに依って大きく評価は変わるものと思っています。
前述の歴史学アカデミズムの見方はこれに対してネガティブであり(いわゆる肯定論)、これに異論を唱えるいわゆる否定派は程度の差異はあるものの、勿論、ポジティブな(適法的)見方をします。
世間一般は前者をどうしても採りますので、行き過ぎた中共の誇張・歪曲(例えば、ナチスの民族浄化に相当するような市民の組織的虐殺)までを含めた説まで信じ込まされることになっているのが現状でしょう。
筆者はこの現状を変えたいと思っているだけです。
どうして?、やってもいないことまで父祖が責められる必要がありましょう。これにはきっちりと抗議し、是正されるべきものだと思ってます。

よく左派(ここでは右派を歴史修正主義者と呼ぶ人達のこととします)は右派に対し、戦前・戦中の日本(軍)の取った行動を認めた上で、現状の中共等の非道行為を非難するべきだと言います。
しかしですね、そういうことを仰る方々は当然、それを既に認識されているわけですから、必然的に右派に先んじて中共等を非難するべきでしょう。でも、そういった方々に該当する行為を見ることはほとんどありません。常に彼らは否定派を見下げて、その批判に終始しているだけです(確かに認識の低い否定派もいますが・・・逆も又真なり)。
まずは見本を見せてくれませんかね。
これでは本音を隠して、公正中立を装っているだけだと逆に非難されても仕方ないのではないでしょうか?

筆者はこの観点から、今後もこの歴史認識問題を観ていくつもりです。

そろそろ筆者の頭の中で収拾がつかなってきましたので、この辺りで今日はお開きにします。乱文、失礼しました。


-----以下、附録-----

MY YOU TUBEMYニコニコ動画(私のアップしてない動画もあります) 追加です。

チャンネル桜  渡部昇一の「大道無門」2007.9.1

一次史料から見えてくる当時の実相と虐殺の虚構性



(筆者の感想)南京虐殺肯定派からデンパと称されるお二人だが、確かに認識の甘さはあるものの、仰る ことの本質に間違いはないだろうと思っている。
A then reality and the fiction of massacre, are emerging from the primary historical sources. In essence, Nanjing massacre was an unsubstantial incident.

司会:渡部昇一(上智大学名誉教授)
ゲスト:東中野修道(亜細亜大学教授・日本「南京」学会会長)


チャンネル桜  報道ワイド日本 「フライデー」2007.8.31

日本人よ、勁(つよ)く堂々たれ - 櫻井よしこ氏に聞く”(早速コメントが沢山付いております、m(__)m アリガトォ!)



ゲスト:櫻井よしこ(ジャーナリスト)

筋の通った気品ある論説で知られる櫻井よしこ氏をお迎えし、日本にとって最大の懸念である中国の対日戦略と、それに対峙するための備えとして重要な「防衛力」と「心の闘い」、そしてその象徴たる靖國神社をめぐる政治家の動向や、グローバリズムの中で政府と財界が心掛けるべきだったことなど、日本に必要な「勁さ」について お話を伺います(番組解説から)。


反日プロパガンダに対抗する!!
映画「南京の真実」にご協力下さい

南京の真実

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