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結局、敗残兵の処断の是非に行き着くのか?


よーめん様が採り上げて下さったお蔭(2ちゃんねるにも貼られていたようです)で、多くの方々に拙エントリー「南京戦の事実を全世界に伝える日本発の映画!!」がお読みいただけたこと、本当に嬉しく思います。

遅ればせながら、この場を借りて御礼申し上げます。


さて、ちょっと採り上げるのが遅くなりましたが、桜・ニュース・ダイジェストではこれに関する第二弾の記事(チャンネル桜 水島より冒頭言)がありました。尤も、チャンネル桜のリアル視聴者としては、ご本人の水島代表から何度もお聞きしている事項ですが。
必要部のみ、引用します(それでも少しばかり長文となります)。

(前半 省略)

二十日以降、産経新聞がこの映画製作について記事に取り上げてくれるようです。

二十四日には、賛同者の皆さんが一堂に会し、内外マスコミに対して「南京の真実を伝える映画製作」発表記者会見と意見表明を行います。是非、お時間のある方はお集まりください。

その他、雑誌「正論」では、別冊「正論」で南京特集を出版してくれるそうです。また、雑誌「WILL」もいろいろ特集を組んでくれるようです。「SAPIO」や「諸君」もこれに続いてくれそうです。

私たち自身も、チャンネル桜やインターネット、そしてムック風漫画南京解説雑誌の製作と発行等、あらゆる分野を通じて、世界と日本国内に、この歴史の捏造を訴えていきます。

 これ以降も、映画製作委員会立ち上げ、映画製作調査準備活動、脚本構成作り、キャスティング、撮影開始、編集・音入れ作業等の映画製作実務の他、資金集めの全国ネットワーク作り、前売り予約やDVD予約等の宣伝広報活動等々、しなければならない作業と活動は、数多くあります。この戦いに勝利するためにも、全国草莽の皆さんの熱いご支援ご協力が必要であります。

 この運動は、単に中国政府から宣戦布告された「情報戦争」を戦うというだけではありません。この戦いを通じて、ややもすると分裂気味の戦後保守の大同団結と統一を目指してもいます。そして、この先に見据えているのは、東京裁判史観に代表される戦後日本のあり方に対する根底的な見直しであり、それを国民レベルで実現する映像・文字・インターネットの大発信装置を、草莽の民の手で創設することです。

(省 略)

【 1 】 緊急討論! 「南京」 日中情報戦争勃発!?

 歴史、政局、安全保障、皇室典範、外交などなど、日本の直面している課題や時局のテーマについて、深く、鋭く斬り込んでいく 「日本よ、今...闘論!倒論!討論!」。今回は いわゆる「南京大虐殺」について、その有無だけにとどまらず、「情報戦」 という視点からも 検証していく 緊急討論! 「『南京』日中情報戦争勃発!?」 を お送りします。

南京攻略戦」から70年を迎える今年は、反日史観を元に「南京大虐殺」を描く映画の制作・公開が複数本、アメリカや中国で予定されています。 誤った史実が世界中に喧伝される事態に、どのように対抗すべきなのか? 「南京大虐殺」の虚構を明らかにする研究や活動を長年続けてこられた専門家など、チャンネル桜ならではの 一流論客が勢揃いです!週末の夜に、どうぞじっくりと ご覧ください!

(省 略)

《パネリスト [50音順] 》

阿羅健一 (近現代史研究家)
井尻千男 (拓殖大学日本文化研究所 所長)
加瀬英明 (外交評論家)
冨澤繁信 (日本「南京」学会 理事)
中村 粲 (獨協大学名誉教授)
名越二荒之助 (元高千穂商科大学教授)
藤岡信勝 (拓殖大学教授)
水間政憲 (ジャーナリスト)

司会 水島総 (日本文化チャンネル桜 代表)


上記によると、20日以降の産経記事がこれを取り上げてくれるそうですが、今のところ、WEB上には無いようです。今日から紙上でもよく確認するようにします。
まぁ今のところ、よく桜に出演される保守系論客の方々が賛同表明されてますが、「ケッ! お仲間だけかよっ」と揶揄されないようになるべく多くの関係者の賛同を得られるよう、ご努力願いたいと思うと同時に、筆者も一民草として微力ながら募金やこうしたブログでの応援等で協力していきたいと考えております。

ところで、筆者は上記後半にあります番組を先週、観たわけですが、虐殺否定論者ばかりを集めても、”大凡(おおよそ)の討論は成立しないな”と云うのが、失礼ながら大まかな感想になりました。番組冒頭では、肯定論者の逆説的アイドル?である東中野氏も出演される予定だったと説明されてましたから(実際は所用で出演されませんでした)、実際に出演されてたらと思うと、ますます否定論マンセー番組になっていたと思われます(本当は肯定派大御所の笠原十九司氏辺りにでもご出演願いたいところですが、せめて、秦氏くらいは何とかして欲しかったなぁ)。

あぁ勿論、筆者も否定派に分類されると自分では思っているわけですけれども、肯定論の中にも十分に考慮するべきものがある以上、なるべく公平にやるべきだと思っているわけであります。そうしていくことが、南京の実像に少しでも近づくための必要条件ではないでしょうか。

南京事件を肯定派、否定派、分かれて論議しているサイトで、筆者が最近、よくウオッチしているところを以下に挙げます。

YAHOO!掲示板 海外ニュース 「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」
THE BBS 掲示板 >学問>歴史学 「所謂南京虐殺報道は戦勝国の欺瞞と判明した。」
2ちゃんねる ニュース>ニュース極東 「【世界の】「南京大虐殺」は嘘【常識】55次資料」
2ちゃんねる ニュース>ニュース極東 「【世界の】南京大虐殺は嘘【非常識】56次資料」

後半に続きます。



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後者の二つは2ちゃんねる内ではありますが、参考になる議論も存在しております(これらは投稿が1000を超えますと読めなくなります)。とくに判断は致しませんので、上記をお読みになる方は、どちらの言い分に論理的帰着としての正当性があるのかをそれぞれご判断下さればいいと考えます。

はじめに断っておきますが、再三申し上げているように筆者は南京事件を否定的に捉えておりますので、否定論に対してシンパシーを感ずると云うバイアスがかかることを御注意下さい。出来る限り、是々非々で物事を判断するつもりではあれど、筆者も人間である以上、すべてを機械的に処理することなど不可能です。また、それに関しては否定派も肯定派も、立場はイーブンだと考えております。

これらにある議論を観ていると、南京事件は大抵、敗残兵の処断の是非に収束されていくように思います。先の桜の討論会でもそうでしたが、唯一、敗残兵の処断に疑義を呈しておられた獨協大学の中村粲氏がその他の方々に可成り一方的に攻撃されていました。

筆者は中村氏の疑問をよく理解できます(秦氏も同様な疑問をもっておられます)。

戦時国際法には、例え戦時に於いても出来うる限りの人道的配慮を重んじ、それを尊重しなさいと云う精神があります(尊重がキーとなるわけですが)。それに則って考えれば、現実論として、すでに無抵抗と考えられる交戦資格者でもある正規兵士を処刑するのは、やはり虐殺とは云えないまでも不法殺害ではないのか?と云うことです(処刑された兵士の中には、少なからず捕虜になる資格を有する正規兵もいたはずですので)。筆者のような法律に疎い人間にとっては、この判断がすこぶる難しい問題なわけです。

尤も、便衣兵の場合は筆者のようなものでも、捕虜資格云々の議論に於いては上記よりクリアな話し(ハーグ陸戦法規の正規兵士4条件)なので 、その処刑に対して違法とは云えないことがよく理解できるのですが、正直云って、正規兵士である敗残兵の処断についてはどの様に解釈すればいいのか分かりません。個人的には、文字通りの戦時ですから、戦略上の必要性で説明できるとは思っておりますが、何分にも法的な正当性が有るのか無いのかが分からないのです。

戦時国際法には、例え戦時に於いても出来うる限りの人道的配慮を重んじ、それを尊重しなさいと云う精神があります(尊重がキーとなるわけですが)。それに則って考えれば、現実論として、すでに無抵抗と考えられる敗残兵を処刑するのは、やはり虐殺とは云えないまでも不法殺害ではないのか?と云うことです。
また、南京戦における(敗残)兵士の交戦者資格やそれに付随する捕虜となる権利についても、肯定派と否定派とでは主張が異なってきます。この辺りが筆者のような法律に疎い人間にとっては、この判断がすこぶる難しい問題なわけです。

尤も、ハーグ陸戦法規にある交戦者資格(正規兵士)4条件に照らせば、そもそも南京戦を前に最高指揮官である唐生智が逃げた時点で資格要件の一つ(明確な指揮官がいること)を失っていることになりますからこのケースの敗残兵は捕虜となる権利も同時に失っていると云う、否定派の大方の主張は筆者にとって論理的に強く同意できるところではあります。
この場合、軍服の着用に関係なく、すなわち便衣であろうとなかろうと、その時点で全ての敗残兵には捕虜待遇を受ける資格がないことになりますが、正直云って、その処断結果として軍律裁判無しの処刑に果たして法的正当性が如何ほどにあるのか?と主張する肯定派の意見も、筆者としては見過ごしたくないわけです。

要約すれば、この処刑と云う処断結果に対して、否定派は戦時における戦略上の必要性で正当性を主張し、また肯定派は戦時国際法の精神に基づく人道的措置としての過ちをその正当性の根拠としていると云うことです。
無論、この前段階における種々の解釈においても、肯定派と否定派は意見が分かれており、いわゆる重箱論争をやっている経緯があります。

以上のように、敗残兵の処断に関する論争だけでも感情と論理が入り交じった複雑な要素が入り込んできます。否定、肯定だけの二元論で片が付くのなら、とっくに南京論争は終わってるはずなんですが、如何せん、そんな単純なものではないというのが筆者の感想です。

中共がよく喧伝する陰惨な南京虐殺を否定するのは比較的簡単なことです。中共プロパ映画を否定できれば、またはそれだけで結構と云う場合にはその時点で終わりなのですが、情報戦の側面を認識している以上は他国への啓蒙が不可欠となりますので、上記に示した論争をお座なりにしたまま、或いは一方的な決めつけで否定してしまうのは良くないと思うわけです。

ネットには大勢の理論派?肯定論者がいます。
彼らは今のところ、この映画制作に関して沈黙をしているようです。それはそうでしょうね。最初にこの映画製作の契機となった中共プロパ映画に対して否定的見方をした人達に浴びせかけた言葉は、「未だ観てもいない(出来てもいないだったかな?)映画を何故批判できるのか?」だったのですから、今は沈黙してないとダブスタになりますからね。

ですから予測しておきますけど、この映画が完成された暁には、上に挙げた箇所を特に強く指摘して捏造映画と断定してくるはずです。
チャンネル桜をはじめとした否定派論壇には、解り易い中共プロパを否定するだけでなく、ネットにいる一癖も二癖もあるような肯定派も相手に論戦する気概をもって欲しいと思っております。
できたら、桜の討論会を舞台にネットの論者同士で素人討論を企画してみるのも一考ですね。まぁ、肯定派は果たして出演するのか、また強力な否定派の論客は存在するのか、と云った問題がありますが・・・ネットには肯定派の方が、その是非は別として多いのは確かですから。

最後に、上で紹介したyahoo掲示板(「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」)に、筆者がとくに敗残兵の処断問題について感心した論考をされていた方(nmwgip氏)がいらっしゃいましたので、以下に引用させていただきます(長文注意)。ただし、これは交戦者資格のない敵対者の処遇についてです。
また、THE BBSの方でも、HN 大神という方のご論考に筆者は注目しております。

交戦法規の定めるところは、交戦者資格を有する敵対行為者を捕らえれば、原則として捕虜にしなければならない。  だが、交戦者資格の無い敵対行為者を捕獲した場合、それを捕虜として処遇するかどうかは捕獲した側が任意に決定することができた。 

捕獲した戦闘員を一律に捕虜として処遇しなければならないのは1977年第一追加議定書によって定められたことであり、捕虜資格の不明な者について裁判により捕虜資格の有無を決定しなければならないと定められたのは1949年ジュネーブ第三条約からであって、それ以前には捕虜資格の判定に裁判を必要とするという戦時国際法の定めは無い。 また、捕虜を処刑するに当たっては、裁判をすることが人道上望ましく、また裁判に掛けるべきであると考えられてはいたが、捕虜の交戦法規違反を処罰するために裁判をしなければならないという定めはなく、僅かに間諜の処刑に裁判が義務付けられているだけだった。

 山下裁判に当たりアメリカ連邦最高裁は、裁判に関するジュネーブ捕虜条約の規定が適用されるのは、捕虜となった後の交戦法規違反についてであり、捕虜となる前の交戦法規違反についてはジュネーブ捕虜条約の当該規定は適用されないという判断を示している。 ましてや、捕虜でない敵対者を拘束したからといって、裁判を行わなければならないという規定はない。 単に、人道上の措置として裁判に掛けた方が望ましいというだけだ。 「違法なので刺射殺しても問題ない」ではなく、即時処分しても交戦法規違反ではない、ということだ。  

虐殺派は便衣兵となった中国軍の違法性が立証されないから、日本軍の便衣兵処分は違法だというが、これは論理が転倒している。 日本軍が便衣兵を処分したことを違法だと主張しているのだから、立証すべきは、南京陥落直後の掃蕩戦における日本軍の便衣兵処分に関する違法性だ。 交戦者資格を持たない敵対者を捕獲し、処分することが何故違法であるのか。 この質問に対して、まともに答えられる者はいない。 虐殺派のある者は、正規軍であれば外形基準を充たさなくても交戦者資格を有するという。

しかし、正規軍であろうともハーグ陸戦規則第1条の4項目を充足する必要があるというのが立作太郎博士、信夫淳平博士、田岡良一博士などの伝統的国際法学者に共通する解釈であり、戦争それ自体の違法化を目指す国際人道法学者藤田久一も制服の着用は必要と論じている。1977年第一追加議定書すら、制服の着用を各国で一般に受け入れられている慣行と認めている。 但し、このことは第一追加議定書が1937年の南京戦に適用されるということではない。第一追加議定書は非正規軍の交戦者資格から制服・徽章の着用義務を初めて免除し、ゲリラの権利を大幅に拡大している。 

第一追加議定書とそれ以前の交戦法規には断絶があると表現しても差し支えないほどだが、このゲリラ擁護の第一追加議定書においてすら、公然と武器を携行することを要求し、また制服着用を国際慣行としている、という意味だ。 第一追加議定書において「すら」、と強調している意味も分からず、1937年の南京戦に1977年の第一追加議定書を平気で遡及適用しようとする頓馬もいたが、そのような曲解は許されないと釘を刺しておく。  また別の者は、既に中国軍の敵対行為は終わっていたと主張する。 だが、敵軍に投降せず、逃亡・潜伏を続けている兵士は、依然として敵対行為を継続中だ。反撃しなければ敵対していないという屁理屈が通用するなら、逃亡する敗残兵を攻撃する全ての追撃戦まで交戦法規違反という馬鹿げた結論に至ってしまう。 

南京に潜伏した便衣兵は、これから日本軍を攻撃しようと準備している「便衣隊」ではなく、防衛軍として実際に戦火を交えた後、逃亡中の敗残兵だから、敵対行為を継続中の交戦者資格を有しない者でしかない。 繰り返し指摘しておくが、抵抗から逃亡に移ったからといって、敵対行為が終了する訳ではない。抵抗から逃亡へのどの時点に敵対行為終了時点があるというのか。南京に潜伏した中国兵は日本軍に敵対していなかったという主張は、非現実的としか言いようが無い。

 冨士信夫著『「南京大虐殺」はこうして作られた』によれば、弁護側最終弁論として引用されている部分は、俘虜の組織的な鏖殺拷問等無かった、と主張されている部分だ。『日本側が便衣兵に関してどのような取扱が「適正」であり国際的に通用する弁護になるかを想定していた』かを説明するものなどではない。 また、日本軍が一般に人道的な対応をとっていたからといって、捕虜となる権利の無い者を捕虜としなかったことが違法であるということにはならない。 

日本軍の人道的対応をもって国際慣習法が成立していたというなら、1932年の第一次上海事変においても、1937年の日支事変においても、便衣兵は状況が許す限り捕虜として収容するが、軍事的に急迫した必要性がある場合はこれを即時処分するという対応で一貫していたから、軍事的必要性のない限り便衣兵であろうと捕虜とすべきだが、軍事的必要性が認められる場合は便衣兵を即時処分することが許される、という結論にしかならない。

 交戦者資格を有しない敵対者を捕虜としなければならない義務は当時存在しなかった、という点は何度言及しても強調し過ぎということはないだろう。 なお、ベイツが12月下旬以降の兵民分離において、騙し討ち的に自首した便衣兵を処刑したと証言した件だが、これは全く信憑性が無い。 ベイツの証言について、日本側弁護団の弁駁書は次のとおり述べている。「本証言は甚だ漠然たる抽象的陳述であって、宣伝その他の悪意をもって、伝聞的事実を整理供述したものと推察できる」(冨士信夫著『「南京大虐殺」はこうして作られた』) この推察は『南京安全地区●案』(●は木偏に當)に収録されている、他ならぬベイツ自身がこの件について書いた第五十号文書に裏付けられている。 該当箇所を引用すると以下の通り。「・・・・午後五時頃、二百~三百人の男子が二つのグループにされ憲兵により連行された。彼らの一人は、当時を振り返り、幾人かの友好的な警備兵の普通でない丁重さに不安を感じた、と言明した。  

翌朝、銃剣の傷を五ヵ所に負った一人の男が大学病院に来た。この男は二つの出来事について明確に報告した。彼は難民として図書館にいたが、テニスコートにはいなかった――彼は路上でつかまり、テニスコートからきたグループに加えられた、と。その夕方、西方のさる場所で、約百三十人の日本兵が五百人の彼と同類の捕虜の大部分を銃剣で刺し殺した。意識が戻ってみると日本軍は立去った後であり、夜中に何とか這って戻った。彼は、南京のこの地域は良く知らなかったので、その場所については曖昧であった。また、二十七日朝、一人の男が私の所へ連れて来られたが、彼の言うには、前夜連行された二百~三百人のうち大多数が死に、三十~四十人が死を免れたが、自分はそのうちの一人であるとのことである。その男もまた当時実施中の登録手続き中の他の仲間も共に助けを願っていたし、かつその時私は憲兵に取り囲まれていたので、彼に「今日の登録は女子だけに限られる。それ以上、今は何も話さないのが一番だ」と言わざるを得なかった。

その後三度にわたって私はこのグループを探したが、無駄であった。・・・・」(冨澤繁信著『「南京安全地帯の記録」完訳と研究』)  この通り、ベイツは殺害現場どころか、死体すら見ていない。何処で殺されたのかさえも分からない。数十人単位で存在するはずの他の生存者にも会っていない。 正しく「伝聞的事実を整理供述したもの」でしかない。 この後にも無理矢理同じ「事件」と関連づけた伝聞が並んでいるが、ベイツ自身で事件を目撃したものもなければ、証言以外の痕跡に言及されてもいない。それどころか、各証言の間に整合性もない。 

ベイツの証言とは、そういうものだ。



(修正のお知らせ)

どうも推敲が不十分で明らかに矛盾した文章をアップしたことに気付きましたので、当該文章を修正したことをお知らせいたします(藍色文字)。誤解を避けるため、元文は削除はせずに取消線を引いておきました。



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