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やはり差異の共有も出来そうにない


久々に月刊Will(二月号)を買って読んでみました。
その中で「総力特集 中国を甘く見るな!”花田編集長 中国大使館へ乗り込む”」が余りに想定の範囲内というか、教科書通りの問答で面白かったです(相手は中国大使館 呉江浩 政治部参事官)。

法輪功はオームと同じ」、「チベットは国ではない」、「暴動(農村部のもの)ではなくトラブル」etc、と呉江浩氏。当然のこととは云え、中共の”オレ様主義”に呆れましたね。風向きが一寸怪しくなると、一般論へのすり替えをやるところなんかは何処かの方々を観るようで微笑ましかったです。我々素人でも十分に論破できそうな内容でした(詳細は購入してお読みになることをお奨めします)。

とくに歴史認識に関しての呉氏の発言。

政治的意図やイデオロギーで否定しようとするよりは、大きな意味で、当時ああいう悲惨な歴史があったと認めておいて、今後それを避けるためにどうするかということを議論すべきだと思います。(南京事件や百人斬りを日本側が否定しているという議論に於いて)

それに、批判しているのは戦前の日本であって、戦後の日本人じゃない。自分も戦前はおかしかったと認めている人が、なぜ戦前の日本に対する批判を気にするのですか? 日本は戦後生まれ変わったのではないですか。(靖国問題は内政干渉ではないという議論に於いて)

思いっきり政治的意図で文句を言ってるのはどっちだよ!と云った突っ込みはさておき、両発言に共通するのは日本人に対して自虐意識を刺激することで、現在から未来永劫に渡る中共への批判を封じ込めようとする中共の対日思想戦略です。

この対談を読んでいると、日本国内の左派言説をそのまま引用しているのが多く見受けられました。どっち(中共と国内左派)が先に言いだしたことかは知りませんけど、南京事件等でよく否定派を叩いている人間が決してあからさまな中共批判をしないのは、上のような戦略に嵌っていることの証左でしょう。
そうした方々が本当に日本の過去の行いを悔いているのならば、現在の中共や北朝鮮の行いに対しても、そうした批判と同じトーンで糾弾できなければ矛盾していることになります。

日本側は当時の悲惨な歴史を十分に認識、反省しています。でなければ、丸腰の平和を説く九条のような条文の入った憲法を誰が現在まで守り続けますか。
その上で、本当の平和とは何かを今になって思い出してきた日本は、一部のものを除いて今までの思想にケリをつけようとしているだけです。
それを気付かせてくれたのは、皮肉にも日本は更に反省せよと言い続けるしか脳のない中共や北朝鮮だったと云うことです。

今、過去の歴史を鑑として反省するべきは日本ではなく、自分達であることに気付いていながら政治的イデオロギーの制約から自己批判を出来ない彼らが哀れです。

この26日から日中歴史共同研究の初会合が戦争の認識を焦点に開かれるそうです。

日中歴史共同研究 26日から初会合 戦争の認識焦点

日中両国間の歴史認識を埋めることを目的に、両国の有識者が議論する「日中歴史共同研究」の初会合が26、27の両日、北京市の中国社会科学院で開かれ、2008年の研究成果発表を目指して議論を開始する。南京大虐殺(1937年)など歴史認識の隔たりが大きい戦時中の史実の評価をめぐって、どこまで未来志向の方向性を打ち出せるかが焦点となる。

同研究の実施は、日中関係改善の契機となった10月の安倍晋三首相訪中の際に合意。双方各10人の学者が「古代・中近世史」「近現代史」の二分科会を設置し、全体会合は年2回、分科会は年数回開催する。

研究対象は(1)2000年余の交流の歴史(2)近代の不幸な歴史(3)戦後60年余の日中関係発展の歴史‐などで、「客観的な認識と相互理解の促進を図る」(秦剛・中国外務省副報道局長)のが目的。交流史と戦後史は、すでに両国の基本的な認識が一致しており、日中戦争をめぐる歴史認識が主要テーマになる。

日本側座長を務める北岡伸一東大教授(前国連次席大使)は「過去の歴史をめぐって議論が紛糾し、政治が現在と未来の問題に取り組めないのは不健全。障害を取り除いて日中の政治が本来あるべき仕事に取り組むのに役立てたい」と指摘。歴史認識の隔たりを埋めるために努力する意向を示している。

一方、中国の李肇星外相は「来年は日中国交正常化35周年であると同時に、盧溝橋事件と南京大虐殺の発生から70周年に当たる歴史に敏感な年。(歴史共同研究が)両国関係に影響を与えないことが重要だ」とクギを刺すなど、中国側は早くも「歴史の歪(わい)曲」に対して警戒感を強めている。

このため、中国側座長を務める社会科学院近代研究所の歩平所長は「この研究プロジェクトは純粋に学術的な観点から行われるもので、専門家や国民の観点とは異なる結果になるだろう」と強調。政治とは一定の距離を置き、学術的角度から研究した客観的結論を出す方向で議論する考えを示している。


さすが李肇星外相!、日本が「歴史の歪曲」を行うという歪曲をすでに喧伝してますね。安倍総理はまんまと中共の狡猾な手法に騙されていると観ます。

一応、中国側は「政治とは一定の距離を置き、学術的角度から研究した客観的結論を出す方向で議論する考え」のようですが、これを本気で行ったら中国側学者達は中共で生きる術を失うでしょうね。そこまで覚悟して彼らがこの共同研究を行うことは考えられません。

冒頭の呉江浩氏は大使館の人間ですから上のような発言は当然でしょうけど、この研究で中国側学者達が少しでも呉氏と同じことを言い出したら、日本側は即刻、共同研究を停止すべきでしょう。
そうなったら、もはや歴史認識の差異を共有する場どころか、歴史研究の名を借りた中共の政治的プロパガンダショーになること請け合いです。
残念ながらそうなる確率は極めて高く、またそうなった時に日本側学者にそれに対抗しうる度胸をもった人間もいそうにないことは二重の落胆になりそうです。



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