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戦争責任は、まず自国民にこそ示せ


週金主催の集会における寸劇が方々のブログで叩かれてましたが、あ奴らはもはや別次元の生き物ですので何を言ったところで回復の見込みは無さげですね。あ奴らの超ダブスタな人権感覚には、日本国民としての誇りや品格をとうの昔に捨て去ってしまった人間の卑しさだけを感じます。物言えぬご皇室への誹謗・中傷はすでに犯罪レベルの蛮行でしょう。

さて、人権と云えば、大東亜戦争敗戦時の混乱によって異国の地に取り残されたために本来なら享受できるはずの生活や権利が奪われてしまった方々に対する注目すべき判決がこの一日にありました。
この方々が祖国に帰れなかった理由は様々です。この方々が当時、受けたであろう境遇はこうして文字にすることが失礼なほどの過酷さであったはずです。時間を過去に戻すことが出来ない以上、祖国である日本国政府はこの方々に失った時間に相当するだけの償いを出来る限り行うのは当然のことです。これが人権を守ると云うことなのでしょう。

残留孤児訴訟で「支援怠った」と国に賠償命令 神戸地裁
残留孤児訴訟、国に賠償命令 神戸地裁、支援義務を認定
中国残留孤児訴訟:国に責任、賠償命令 帰国遅らせ支援怠る--神戸地裁判決


日本は対外的な戦争責任を果たすことばかりに気を遣い過ぎて、自国民に対しての償いを疎かにしています。あの戦争の正邪は別としても、その恥部に関する責任から逃げている傾向があるのは大変に残念なことであります。

これは以前、山西残留兵問題を採り上げたときにも感じたことですが、皇軍であったはずの旧日本軍の中で、邪心をもつ指揮官のために終戦したにも拘わらず義無き戦いを強いられた方々の名誉回復をしようとしない戦後政府の無責任ぶりとダブるものがあります。
これは取りも直さず、政府の取り続けた戦争責任の確認とその謝罪が如何に見せ掛けだけのものなのかを示していると思ってます。

勿論、有りもしなかった事象への反省などするには及びませんが、戦争責任の所在をはっきりさせることは重要なことです。ときに、曖昧な態度は外交的に有利に働くことも有りますが、こと自国民に対しては害悪しかもたらさないことに政府は気付くべきであり、この判決がその反省に少しでも役立ってくれればと思います。

そうしたもののあだ花の一つが北朝鮮による拉致犯罪だと思います。奇しくも、この残留孤児裁判判決にも比較ケースとして用いられました。
一方は他国の思惑、もう一方は自国の混乱と、その契機は確かに異なりますが、自分の意志に反して祖国ではない土地に長きに渡って居続けねばならなかった方々への補償の問題であります。そういう意味では判決にこのケースを使ったことは問題はなかったと思います。

筆者の知り合いにも哈爾浜(ハルピン)に残留を余儀なくされた孤児の息子さんがおられます。その方によると、お父上はいつも「日本政府は拉致被害者には優しいが、私たちには冷たい」と言っておられるようです。
心情的なこともさることながら、今を生かしていただいている日本人の一人として申し訳ない気持ちになります。

道路特定財源の余剰金をバラまく程の余裕がある(道路特定財源の余剰金4800億円「バラまき」案)のなら、道路限定使途の筋道を変更してでもこうしたケースに用いて欲しいと思います。「美しい国づくり交付金」というのなら、尚更、この余剰金を使うことに誰も文句を言わないことでしょう。その方が「お金」が確実に活きます。

この判決を契機として、政府は今一度、自国民への戦争責任の取り方というものを考えていただきたいと強く感じました。



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