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ゆとり世代=自己顕示欲増大 not プレゼン上手


やらねばならないことがあるのに,ちょっとサボって奥田先生のブログゆとり第一世代を評価するって? マジで?)に反応します.
筆者も以下のニュースを観て,奥田先生とまったく同じ感想をもちましたね.これって単に自己主張の強い(いわゆる自己中)若人が増えてきただけじゃないのかなぁ?
議論OK、学生変わった? 「ゆとり第一世代」入学

授業時間や学習内容が少ない新学習指導要領の下で学んだ“ゆとり教育第一世代”が今春、初めて大学1年生になった。
人前での議論が平気で、プレゼンテーションが得意な学生が増加。大学教員からは「今までの学生とは違う」「ゆとりの効果では」という声も上がっている。 
「話し合うのを嫌がらない学生が多く、今年は授業がしやすい」。東京海洋大で1年生に日本語表現法を教える大島弥生助教授は変化に気付いた。書きたいテーマを決めて学生同士の議論を重ね、リポートに仕上げる授業で、学生の積極的な発言が飛び出す。

奥田先生曰く,
そうかなあ。
人前での議論が平気になったって? それが良いことだとは単純すぎる見方じゃないかね。
言いたいことを言う。そりゃあ今までの日本人らしくないスタイルではある。しかし、何でも思ったことを言うってのが正しいなんて、誰が決めたの?

まったくもって,「そうかなあ?」と思いますね.変わってきたのは確かですが,10年?くらい前にも”新人類”なんて言葉が流行ってましたが,それと同じで,ある程度世代が変わると,その前の世代が「今の奴らは変わっってしまった」なんて溜息吐くのと同じ現象ではないですかね.大体,”ゆとり教育”と”プレゼン上手”の間に何らかの相関を見出したわけでもあるまいし・・・もし相関があったとしても,この場合の関係はポジティブな”効果(effect)”ではなく,ネガティブな”影響(influence)”と書くべき類の事象だと思いますよ.要するにゆとり教育が正しいものとしないと困る人間の”こじつけ”でしかないような気がしますが,どうでしょう?

これを言い換えれば,「物事を一元的にしか捉えられず,フレキシビリティがない」,「広く物事を見ないので,アプリケーションが少ない」等々・・・,そのくせ,”公”より”自己”を重要視した教育を受けてきているので,ちょっとでも自己の意にそぐわないものの考え方が披露されると,異議を唱えないと気が済まないという自己中的思考が育ってしまっている.勿論,自己を主張することや異議を唱えること自体が悪い事とは言いませんが,多分に言っていることややっていることが薄っぺらく,独善的印象が強いですね.フレキシビリティがないとか,アプリケーションが少ないとかは,筆者が主に理系の若人を観察していることと関係があるのかもしれませんが,いずれにしても,この分析は変です.
また本筋とは離れますが,プレゼン能力とその人のもつ真の能力などあまり関係がないように思います.以前のエントリーで,竹中総務相のプレゼン能力がダボス会議で際立っていたとの記事を紹介したのですが,その対比として,プレゼン能力は低いが玄人受けする手腕を発揮している経営者が結局のところ,今の日本を支えていることにこそ,この問題の本質があるように思います.
ゆとり教育は屁理屈と詭弁ばかりの人間を増やす欠点だらけの教育方法だと思います.問題はその”ゆとり”という時間の中に得体の知れない自由を盛り込んでしまったのが元凶だったように思います.早く見直すべきで手法ですね.
とは云っても,もう育ってきたものは仕方がありません.
そして主張が損得勘定に基づいていて、わがまま放題な輩がやたら多い。まあ、自分にとってはそれも教育。親がやり残した子育てだ。大変だが、やりがいもあると。

と,仰る方が増えていただけることを期待します.
あっ 私ですか?,私は理系的アプローチから,と一応逃げてみたり・・・



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